さきさんのちりとんぼ開催
2026年4月27日
2025年11月4日
デジタル庁・大久保光伸氏(本納寺檀信徒)、ASEAN公務協力会議で日本の知見を発信
檀信徒の大久保光伸氏が国際的に大活躍しています。日本はASEAN公務協力会議(ACCSM+3)において、デジタル庁の大久保氏を代表として派遣し、「公務員のデジタルリテラシー」をテーマにプレゼンテーションを行いました。2024年に人事院が開催した国際ワークショップの成果を踏まえ、2025年8月にはカンボジア政府から正式な招待を受け、デジタル化に関する専門知見の共有が実現しました。これは、日本が人事行政だけでなくデジタルガバナンスの分野においても地域協力を強化する重要な一歩となります。大久保氏は官民連携の専門家として、金融と行政の両分野での経験を生かし、ASEAN諸国との協働を推進しました。

2025年9月21日
開聞岳にまつわる記憶
2025年、終戦から80年を迎えました。
この節目の年、東京西部の昭和44年生まれの教師たちでつくる「六睦(むつみ)会」で、鹿児島県南九州市の知覧で「終戦80年 知覧特攻慰霊法要 並びに世界平和祈願法要」を行いました。
法要は、知覧特攻平和会館の平和観音堂と、特攻隊員たちが生活の中で親しんだ富屋食堂(現在の富屋旅館)にあるトメ観音堂で行われました。私はこの法要を通じて、亡くなった特攻隊員をはじめ、戦争犠牲者の冥福を祈ると同時に、戦争の悲しみや平和の尊さを次の世代に伝えていく大切さを改めて確認しました。
知覧は、太平洋戦争の末期、沖縄戦で出撃する陸軍の特攻隊の最大の基地でした。昭和20年3月以降、全国から多くの若者が集められ、10代後半や20歳前後の隊員も少なくありませんでした。彼らは、飛行機の右の翼に250キロの爆弾を、左の翼に同じ重さの燃料を積み、約650キロ先の沖縄まで2時間半かけて飛びました。
その途中で目にするのが、薩摩半島の南端にそびえる開聞岳です。標高924メートルのこの山は、きれいな円すい形の姿から「薩摩富士」と呼ばれています。しかし特攻隊員にとっては、その美しい山は「もう戻れない」という覚悟を決める瞬間の象徴でもありました。証言によると、彼らは海岸線を越えるとき、開聞岳を何度も振り返りながら出撃していったといいます。
特攻隊員たちの出撃前の生活を支えたのが、軍の指定食堂である富屋食堂でした。女将の鳥濱トメは、隊員たちを我が子のように大切にし、私財を投じてまで世話をしました。その姿から「特攻の母」と呼ばれ、今も知覧の戦争の記憶の中で語り継がれています。
終戦から80年経った今も、世界では戦争や紛争が続いています。ウクライナや中東での戦闘は収まらず、多くの人々が命を落としています。こうした状況を見ると、戦争は過去の出来事ではなく、今も現実に起こっていることだと痛感します。そして、戦後の日本では、戦争を直接体験した人が少なくなり、その悲惨さを実感として理解することが難しくなってきています。
戦争の記憶が薄れていくことは、再び戦争を許してしまう危険につながります。だからこそ、知覧のような慰霊の場や平和資料館は重要な役割を果たします。特攻隊員が見た開聞岳や、富屋食堂での交流の話は、戦争がどれほど人の命や日常を奪うのかを具体的に伝えてくれます。
今回の知覧での慰霊法要は、亡くなった人々を悼むだけでなく、戦争の記憶を現代に伝える大切な時間となりました。開聞岳を振り返った若者たちの姿を思い浮かべると、二度と同じ過ちを繰り返してはならないという気持ちが強くなります。
平和は、ただ願っているだけでは守れません。歴史を学び、語り続けることが必要です。過去の出来事を忘れず、次の世代に伝えていく努力こそが、戦争のない未来をつくるための第一歩です。

2025年8月6日
2025落語教室/実験教室レポート
〇7月20日・萬客萬来・四代目三遊亭萬橘落語教室&落語会が開催されました。参加者の噺(?)を聞いて、萬橘師匠が「こうすればもっと面白くなる」「くっきりイメージさせるとオチに繋がる」など、アドバイスをしてくれる落語教室です。住職も挑戦しました!その後、前座に三遊亭愛二郎さんが一席、三遊亭萬橘師匠が一席。最後には師匠を囲んでの茶話会もあり、落語好きにはたまらないおおいに笑った贅沢な楽しい一日となりました。
〇7月31日の暑い中、子供科学実験教室が開かれました。小学生、中学生、高校生、そして大人たちが集まって、小森次郎先生ご指導のもと境内の一角でミニ発掘!専用の器具を使って、なんと人力で4mも掘りました。掘った土を樋に空け、色や手触り、温度を測ってみると少しずつ温度が下がっていきます。1m下は1万年前の土なのだそう!
4m掘ったので・・・4万年前の土を触っていることに。乾かした土を小瓶に順番に詰めれば、ここの地層のできあがり!これで夏休みの自由研究は バッチリ。好きな色の土や石を詰めてオリジナルの地層も作りました。



2025年4月21日
2024年10月30日
2024年9月7日
2024年6月5日
写経会再開いたします
先日再開された信行会に続き、しばらく休会中であった写経会を再開いたします。当山の写経会は毎月第三日曜日に開催されておりましたが、再開後は一旦以前のような月例ではなく、お彼岸、盂蘭盆、お会式などの行事のない月に開催いたします。
写経会の後半では仲崇霖先生による写経用筆・結構の講座があります。また写経会終了後、まだお時間のある希望者には、書道教室を開催いたします。
予約は必要ありません。どうぞお気軽にお越しください。
記
第209回写経会(再開第一回目)
日時 7月21日 10時開始
内容 写経・用筆結構講座
会費 1,000円
※11時30分閉会予定
以降 書道教室30分 (別途書道教室参加費はありません。書道教室からの参加不可)
信行会再開しました
4月28日 13時より第431回信行会が開催されました。当日はご本堂にて唱題行が厳修され、引き続き金沢妙圓寺住職 吉田知弘師による「終活とは安心して快く生きるための準備です」の講話がありました。
今後は一旦以前のような月例ではなく、お彼岸、盂蘭盆、お会式などの行事のない月に開催する予定です。
久しぶりの信行会
コロナ禍で長らく休会となっていた信行会がようやく再開され、その第一回目に参加させて頂きました。数年ぶりの信行会で最初は少し戸惑うところもありましたが、浄心行、正唱行、深信行と進むうちに以前と変わらぬ心地よい落ち着きを味わうことができ、良い時間を過ごさせて頂きました。
予期せぬウィルスの襲来によって色々なことが様変わりする中、こうしてまた同じ修行を続けられる有り難さを思うと共に、ただ端座して呼吸を味わうことの快さを改めて感じました。
続いての吉田知弘師による終活の講話も大変興味深く伺いました。私はこうした話題を何となく避けたまま母を看取り、果たして母の意向に沿う見送りができたのかと迷うことが今でも多々あります。やがて来る臨終に備えた意思表示は本人の心の整理だけでなく、あとの者の悔いや迷いを減らすためにも必要な準備だと感じました。
コロナ禍は私達に生きるということの本質を問い直す機会を与えたように思います。今こそ、より良く生きるための知恵の一つとしてポジティブに終活を考えるべき時なのかも知れません。
諸々制約の多い中で信行会を再開して頂きありがとうございました。次回もまたぜひ参加させて頂きたいと思います。(参加者N)


2024年4月11日
2024年1月18日
2023年8月14日
2023年7月29日
2023年5月30日
台湾法鼓山来寺
台湾法鼓山の釈果暉(洪鴻榮)師御一行(中華仏学研究所)が来寺。僧侶三師・御信者八名が御参拝されました。
釈果暉師は以前、立正大学の留学生でした。本納寺前のアパートに住み、毎朝の勤行にもお出でになり、修行にご精進されていました。信行会にも参加されていたので、ご存知の檀信徒もいらっしゃると思います。
この日は住職が一読したのち、釈果暉師御導師の元、ご法要を厳修しました。
その際、以前、法鼓山創立者の聖厳法師(1930-2009)が、当山客殿落慶のお祝いにご奉納くださった掛け軸をご披露したところ、法鼓山御信者からは“おー”と、どよめきがあがり、大変喜んでくださいました。
また洪さんと住職は昔の話で盛り上がり久しぶりの再会をお互いに楽しみました。
御一行は御本堂参拝のあと、先代を訪れ、お帰りになりました。
※法鼓山創立者の聖厳法師(1930-2009)は、先代と親交があり、客殿完成の時にたくさんの信者さんと共においで下さいました。

