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カテゴリー「IN LAOS/CAMBODIA」の記事

IN LAOS/CAMBODIA 4

2019年7月21日

IN LAOS/CAMBODIA 4


 フライト1時間半でカンボジア・シュリムアップへ。 アンコールワットの朝日を見るために早起きです。日の出近くになってあたりが次第明るくなってきました。ちらりと赤い光が見えたと思ったら、朝日の円を確認できないうちに雲の中へ入ってしまいました。一旦ホテルにもどるため門を出て振り返ると、遺跡の上に雲から出た朝日が見えました。ラオスの丘の夕日といい今回は日の出日の入り見物には恵まれなかったのかもしれません。行程中、終始天気は良かったのでよしとしましょう。

   アンコール遺跡については以前、寺報・ブログで紹介しているので省略します。参照「IN CAMBODIA / VIETNAM」

 今ツアー2カ所目のサッカー支援のため、シュムリアップのKURATA SCHOOLに訪問。カンボジアの気候はラオスとは全く比べものにならないほどの湿気と暑さでした。そんな中でラオス同様、寄贈式があり、子供達の発育健全のご祈祷とご挨拶をいたしました。カンボジアも多数が仏教を信仰しているだけあって、みんな合掌で迎えてくれました。

 いよいよサッカーの時間です。狭くデコボコしたピッチのため、6人で臨むことになりました。

 現在のカンボジアサッカーのナショナルチーム監督は日本代表の本田圭祐選手が務めています。今度はみんな代表戦を見たことがあるようで、サッカーアンセムによる入場は、それなりの雰囲気でできました。レフリーは、たまたま同校に体育教育支援でいらしていたアメリカ人女性が務めてくれました。

 握手を交わし、キックオフ。序盤はしばらく様子見だったのですが、いきなり左サイドからニアポストを抜かれ、失点。負けずにこちらもピッチをあげて、一点を返し、そのあとも追加点を重ねていきました。真剣にボールを追いかけている子供達、ちょっとしたプレーを褒めると、照れながらもとても嬉しそうな顔をします。来て良かったと実感しました。

 ただ、40度を超えるピッチに、みんなフラフラになってきました。しかもデコボコのグラウンドは腰に響きます。ごまかしながらもなんとか試合をこなしてようやく試合終了。

 すると、見学していたアメリカの体育教育支援団体(KPI organization)チームが、試合を申し込んできました。サッカー部の教え子を振りかえると「やりますよ」という顔でこちらを見ています。滝には飛び込まなかったのにと思いながら、少々の休憩の後、試合が始まりました。カンボジアの地でUSA vs JAPANの「決して負けけられない戦い」です。大差をつけてきっちり勝利したことをご報告いたします。

 最後にゴール前でみんなと記念撮影。日本チームの寄書きユニホーム、お菓子を小学校に贈呈し、今支援ツアーの終了となりました。アメリカチームからも寄書きシャツのお返しがあって、日本、カンボジア、アメリカの小さな友好の証としていい記念になりました。

 私たちのラオス・カンボジア2カ国の小学校訪問は、彼らの人生においては、ほんの小さな出来事でしょう。でも、このことが日本に親しみを持つきっかけになったり、「日本の人たちが来て一緒にサッカーをしたんだよ」という楽しい記憶の一片になれば嬉しいです。我々も同じだけ幸せな時間を過ごすことができました。今回のいろいろな出会いに心から感謝します。「達彦記」(終)


IN LAOS/CAMBODIA 3

2019年6月2日

IN LAOS/CAMBODIA 3


 次の日(4日目)は、托鉢の僧侶にご供養するために早起きしました。 若い僧侶、子供の僧侶が黄衣(オレンジ色)をまとい、裸足で鉄鉢を抱え、終始無言で歩いてきます。ラオスの戒律を重んじる仏教(上座部)では食事は1日2回。僧侶の食事はその朝の托鉢によって成り立っているのです。

 托鉢する道端にはゴサの上に椅子が並べられていました。通りには、竹籠にもち米を入れて売る小さな屋台があちこちに。私達は袈裟のような布を肩に掛け、僧侶を待ちました。しばらくすると、僧侶達がやってきて、鉢をこちらに向けて来たときにもち米を少しずつ入れていきます。観光客向けに大分アレンジされているとはいえ、「亡くした両親や先祖が貧しい思いをしないように」と、毎朝お布施を続ける人々の姿がありました。また、托鉢をしているお坊さんが、受け取った食べ物を、困っている子供に分け与えている姿もあって、非常に印象に残りました。ラオスではストリートチルドレンを見ることはありません。それはこのように、お寺が貧しい子供たちの受け皿となっているからだそうです。戒律の厳しい上座部仏教に倣って生きるラオスの人たちに当たり前に根付いている「分け合う心」を垣間見られた瞬間でした。なお、おかずは信者が寺院に直接、喜捨し届けるそうです。

 次の行程はワットマイ・ワットシェントンです。ワットマイはルアンパバーンの中で最も美しいと言われる寺院です。完成に約50年を要した寺院内には体中に彫刻が施された仏像が安置されていて、世界遺産になっています。ワットシェントンは王家の菩提寺で、屋根が軒に向かって低く流れるように作られている、典型的なルアンパバーン様式の荘厳な建物です。王様が逝去した時に使用された霊柩車が境内に納められています。ご遺体は、なんと起立したままの状態で出棺されたと聞き驚きました。

 王宮博物館を見学したあと、メコン川を船で上り、パクウー洞窟へ。道中の景色はいわゆるアジアの風情で、とてもきれいでした。川の水以外は、、、。旅行中、何度もメコン川を見ていますが、改めて「茶色いなぁ」と思いました。1時間くらいでパークウー洞窟が見えてきました。ここは、絶壁にある洞窟で約4,000体もの仏像が複雑な洞内に所狭しと安置されています。

 二つの洞窟のうちひとつは横穴になっていて、奥はライトなしには進めないほどの暗闇です。その中に祭壇がありました。ガイドさんの話によると、以前、この洞窟の入り口を閉め切って修行を極めた僧がいて、王様が心配して食事を運んでも、次第に3日に一度、7日に一度と減らし、即身成仏となったそうです。以来、この洞窟は現在に至るまで、ラオスの人々にとって神聖な場所として親しまれているとのことでした。

 過去にニューヨーク・タイムズで「最も行きたい国」第1位に選ばれたこともあり、東南アジア最後の秘境と呼ばれるラオス。アンコールのように壮大な遺跡もなく、エメラルドグリーンの海が広がっているわけでもなく、また、タイのトムヤンクンのような名の知れた料理があるわけでもありません。急激な近代化を進めるタイとベトナムに挟まれながらも、悠久のメコン川に寄り添って、ゆっくりと時間が流れる国でした。 かつて、ラーンサーン王国として統一されたこの国は、フランスによる統治やインドシナの戦火に巻き込まれるという歴史を経て、「ラオス人民民主共和国」となりました。今もなお、海外からの経済援助に頼っていますが、この国で暮らす人々の心は素朴で優しさいっぱいで、どこへ行っても溢れんばかりの笑顔で、私達を迎えてくれました。 今回のラオスツアーを通じて、「本当の良い生活、そして幸せは、物質を多く享受してステータスを追求することではなく、普遍的で純粋な精神と文化で心を満たすことで得られる」のだと思いました。 女性スタッフはここで帰国なのでお別れし、私たちはカンボジアへ向かいました。

「達彦記」(つづく)

 



IN LAOS/CAMBODIA 2

2019年5月11日

IN LAOS/CAMBODIA 2

  

 ピッチに入場するときに、盛り上がるかなと思い、サッカーアンセム(ワールドカップ等の国際試合での入場曲)を流したのですが、あまり国際試合を見たことがないようで、反応が薄く、またそれをうまく伝えることもできずに、結局グダグダな入場になってしまいました。用意してもらっていたボールの、いくつかはすぐに空気がぬけてしまうなどのアクシデントもありましたが、なんとかキックオフ!

 35度を超える暑さでの中、真剣にボールを追いかける子供達、それをボコボコのピッチに戸惑いながら、様子見しながら受けて立つ日本チーム。生徒チームは途中からゴールキーパーとして校長先生を投入してきました。試合終盤、右サイドにいた私にパスが回ってきて絶好のチャンスに。しかし、自分でもいい感じに打てたゴール隅を狙ったシュートが、校長先生のナイスセーブに阻まれてしまいました。なかなか盛り上がった試合は、最後にはこちらのペースになり、我々の勝利。

 今回も子供達のキラキラした目は「サッカーは共通語」を体現していて、腰痛をおして頑張った分、いっそう感無量でした。

 サッカーをしていないピッチ外の子供達には、女性スタッフがシャボン玉を配って一緒に遊んでいました。

 液体なので、途中税関での没収を考慮し、バック内で漏れないようにとジップロックに詰めなおすなどして、彼女達が日本から苦労して大量に持っていったものです。現地では間違って飲み込まないように配慮したり、数がちょっと足りなくなったりしたそうで、なかなか大変だったようです。子供達は「パオー、パオー」と言いながら(プゥーと吹くことをラオスではパオーという)、楽しそうに遊んでいて、「ほら大きいシャボン玉ができたよー見て見てー」と女性スタッフを囲んでいました。

  この様な支援を続けていると、「本当に必要とするものはボールやゴールではないでしょ」という声が耳に入ることがあります。生活物資の支援も必要で大切なことはもちろんなのですが、生活や勉学だけではない、楽しみを味わうという喜びもまた、子供達にとって必要な体験に違いないはずです。今回の子供達の満面の笑みが、この思いが間違っていなかったということを証明してくれたようで嬉しくなりました。

 日本から持ってきた大縄で縄飛びをして遊んだりもして盛り上がり、最後には私達の寄書きユニホームと日本のお菓子をプレゼントして、学校を後にしました。

 3日目はビエンチャン最古の寺院であるワットシーサケットと、ラオスを代表する金色にそびえる仏塔タート・ルアンを参拝。ラオスのシンボル、パトゥサイ(凱旋門)へも足を運びました。タート・ルアンを参拝中、一人の男性が寄ってきました。籠に入っているスズメに願い事をしながら放すとその思いが叶い、幸せになれると言うのです。これも支援のひとつかなと思い、9人いたので9羽放すことにしました。値段は、一羽日本円にして10円くらいだったと思います。私が代表して支払いをして振り返ると、まだ願い事もしていないのに、もうすでに放たれてしまっていました。後から聞いたところによると、餌をやると戻ってくるように訓練されたスズメなのだとか。

 その日の内にルアンパバーンへ移動です。国内線で一時間、そこからまた車で一時間に行ったところに次の目的地、クアンシーの滝がありました。美しいターコイズブルーの滝つぼが幾層にも連なり、色彩豊かな神秘的景観の絶景スポットです。遊泳可能になっている滝つぼもあり、泳いでいる人たちが見えました。自然の木を利用してつくられた飛込み台が設置されていたので、私が飛び込んだら、きっと教え子達も続いてきて、よい思い出になるのではと思い、先頭をきって飛び込みました。しかし、誰もついてこず、なんと見て見ぬふりをしていました。理由は着替えがないからだったそうで「まさか本当に行くとは思いませんでしたよー」、「サッカー部の時の指導が足りなかった!」とみんなで大笑い。

 次はルアンパバーンのもう一つの絶景スポット、プーシーの丘へ夕日を見に行きました。メコン川が流れる町並みが一望でき、その先の山間に夕日が沈んでいきます。300段を超える階段を登った先は大混雑でしたが、なんとか場所を確保するとその先に綺麗な夕日がありました。しかし日没の時間が迫り、いよいよと思っていたら、残念なことに山上にあった雲の中へ。諦めて丘を降りると途中の小台に戻ったところで、再び夕日が顔を出していました。もう少し上で我慢していればと悔やみつつも、山間に沈み行く美しい落日を見ることができたと安堵するという複雑な気分でした。「達彦記」(つづく)


 

IN LAOS/CAMBODIA 1

2019年4月26日

IN LAOS/CAMBODIA 1

 腰の大怪我をしてから、ここ数年お休みしていた仏教支援でしたが、ほんの少しだけ調子が良くなってきたので、今回はラオスとカンボジアに行って参りました。

   前回のネパール同様、現地の小学校を訪問し、サッカーゴール・備品などの寄付をして、一緒に遊んで楽しんでもらうことが目的の支援です。今回は、いつもの僧侶メンバーに加え、看護師やトレーナー等の女性スタッフ3名、そして私がコーチをしている地元中学校のサッカー部OB3名が参加し、総勢9名での訪問となりました。

   日本から7時間30分のフライトでラオスの首都ビエンチャンに到着。夕方になっていたせいもあってか、東南アジアの国に降り立った時独特の、もわっとした湿気帯びた暑さはあまり感じられませんでした。

   チェックインした後は早速、お楽しみの夕食。最初の食事だからか、おそらくラオスではかなり高級であろうレストランに案内されました。籐の器に入った赤米や、笹の葉につつまれたお肉、パクチーたっぷりの和え物などが美しく並べられています。味のイメージとしてはベトナム料理とタイ料理の中間という感じで、私はどれも美味しくいただきましたが、パクチーや赤米が口に合わないメンバーもいたようです。

   食事の途中からラオスの民族舞踊や民族楽器による演奏が始まり、我々向けのサービスなのか聞き慣れた日本の曲を多く演奏してくれていました。演奏後にはお店に無理を言って、舞台で民族楽器を演奏させてもらい、ちょっとした旅の思い出に。夕食の後はナイトマーケットへ。初めての国で危ないところもわからず「みんな離れないように」なんて言っていたのですが、とても治安がよく楽しく歩き回ることができました。私は、支援の一環として、旅行中の着るものを現地で揃えようと思っていたので、ここでほとんど調達できて大満足でした。

   ビエンチャンには世界遺産の観光地も、大きなデパートもありません。高層ビルがひしめく訳でもなく、ラオスの首都でありながら、のんびりムードが漂う街でした。

   次の日(2日目)は、いよいよ小学校訪問です。

   ビエンチャン郊外のチャルンサイ村の小学校Chaluenxay Schoolです。首都を出ると舗装されていないオレンジ色の土の道路が続きます。車で一時間、ようやく目的の小学校に着きました。子供達が遠巻きにこちらを見ています。

   寄贈式の始めは村長さんと校長先生のご挨拶。「この学校は屋根のみで壁がありません。子供達は、いつも雨や風、さらには虫や獣を凌ぎながら大変な思いで勉強しています」と言うお話しが印象的でした。

 続いては我々の番。子供達の発育と幸福を願いご祈祷を厳修。木剣をならす私たちに子供達がどんどん近づいてきて、みんな合掌しながら見つめてきます。さすが仏教国だと感じ入りました。ご祈祷の後は、いつものように「サバイディー!私達はみなさんとお友達になりたくて来ました。サッカーは、ボールひとつで、言葉が通じなくても、年が違っても、性別が違っても、人を結びつけることができます」等と緊張しながらお話ししました。

   ここで、驚いたことにラオス政府から今回支援ツアーメンバー全員に感謝状が来ているということで、一人一人村長から手渡され恐縮至極。大変良い記念になりました。

   いよいよ生徒たちとのサッカーの試合です。「達彦記」(つづく)

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