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カテゴリー「団体参拝旅行」の記事

お初に団体参拝に参加させて頂きました

2019年3月4日

大分・熊本団参   高橋 綠

 

 

十一月なのに初夏を思わせるような連日の晴天、嬉しい悲鳴でした。

 私は「達磨」のそば名人高橋邦弘氏の新蕎麦目当てです。他の参加の皆様は、人生経験豊富な方ばかりで道中不安でしたが、ご住職、奥様、総代富田氏はじめ皆様に迎えられ二泊三日は、あっという間でした。 

 一日目、早速の参拝寺、皆様の読経の声が大きく感動致しました。やはり蕎麦目当ては如何なものかと反省・・・。

 お昼は、地震後の復旧中の熊本城を眺めながら特産の馬肉・さくら鍋、新鮮で美味しかったです。移動は総勢十二名なのに大型バス。ゆったり座れ、車窓見学楽しかったです。お宿は湯布院、ニュースステーションで見る様なライトアップの紅葉、美味しいお料理に地元の冷酒、石材店の水野氏と一献、温泉もお肌スベスベ。

 この団参、大先輩達のパワフルさも売りです。私は普段、旅館の部屋に入ると、テレビを点けるのに、点けるのを忘れて、お話が止まらない、下手な若手芸人より面白く、道中笑いっぱなし。二日目の朝から機関銃の様に話が発射され、ギャグの連発。夕飯には、ツボにはまり顎が外れそう。涙が出て美味しいお料理に箸が付けられない程でした。楽しい夕餉の後は二次会カラオケ。大先輩方、持ち歌の披露、声量豊富アッパレ!

 三日目、私の待ちに待った「達磨」の新蕎麦、輝く杵築の海を見ながら、味噌にそばの実、栃木の四季桜を嗜み、瑞々しい新蕎麦、至福の時間、本納寺の檀家で良かったと心の中で合掌、気持ち良く送り出してくれた主人に感謝です。

 二泊三日笑いの絶えない日々でした。エステでしわを伸ばしているのに元に戻っていまいましたが、腹筋は鍛えられました。

 三日間若輩の私を温かく迎えて下さった大大先輩、殿、乙女ちゃんの皆々様ありがとうございました。綺麗な景色を愛で、団参し、沢山笑い心が軽くなりました。来年又、お目にかかれる様、精進致します。団参に参加迷っている方、ウェルカムです。笑いの宝庫“団参に「いらっしゃい」”。


池上本門寺団参

2018年5月21日

写経会200回記念ー池上団参


 3月25日、本納寺写経会200回を記念して、池上本門寺に参拝しました。
 本納寺出発組の我々が、少し余裕を持って集合時間の30分前に現地に到着したところ、ほとんどの方がすでに集まっていたという・・・。いつも「住職待ち」ですみません。
 晴天で暖かい日曜日の午後、ちょうど桜も見頃ということもあって、境内は大勢の参拝者で賑わっていました。ご開帳まで時間ができたので、桜を満喫しながら五重塔や力道山のお墓などをお参りすることができました。
ご本堂に入ると、大変お忙しい中、本納寺参拝団の為に、貫首の管野猊下がおいでくださり、お経頂戴をお務めくださいました。また、有り難いお話も頂戴でき、一同大感激でした。
 その後は霊寶殿(宝物館)へ移動です。ここには当山の先々代、兜木正亨師が収集したものが「兜木コレクション」として納められています。今回はその中から、日蓮聖人真筆『御所御返事』や平安時代前期の写経『妙法蓮華経巻六』など、多くの貴重な文化資料を拝観することができました。霊宝殿の安藤主事が、写経の変遷や各時代における写経の特色などをわかりやすくご説明くださり、理解が深まる有意義な時間となりました。
 「参拝後は名物の葛餅でも」と、それを楽しみにしていたのですが、本門寺付近の茶屋はどこも閉店時間が早く、まさかの16時半オーダーストップということで、泣く泣くまっすぐ帰宅したのでした。

能登・金沢団参2

2018年4月5日

本納寺団体参拝旅行

二日目は北陸本山の滝谷妙成寺に参拝です。境内に十棟の国重要文化財がある立派な寺院でした。祖師堂でご開帳をして頂いた時は、広く天井の高い伽藍ですから冷たい空気が出入りして、北陸の寒さが身にしみました。導師をして下さったお上人は、学生時代、卒論の担当教授が本納寺の先々代だったそうで、このたび本納寺団参が伺ったことをとても喜んでくださいました。また、学期の途中で先々代がイギリスの大英博物館に呼ばれてしばらくいなくなってしまい、途方に暮れたと笑いながら話してくださいました。「新幹線が開通して以来、金沢は観光客がとても増えたけれど、能登の方にまではなかなか足を延ばしてもらえないのが残念」ともおっしゃっていました。遠いといっても金沢から車で一時間ですし、途中の景色も海や山が綺麗なので、みなさま、是非一度お参りください。
ご高齢の参加者も多いので、なるべく歩かないルートを考えたつもりの旅行ですが、お寺の境内はどこも階段があったり、庭園を散策したりもして、終わってみると結構な距離を歩いたことになりました。それでも、元気いっぱいの皆さんの頑張りのお陰で脱落者も出ず、事故もなく、今回も楽しい団体参拝旅行となりました。(Y)「終」

能登・金沢団参

2018年3月17日

本納寺団体参拝旅行

11月21日から1泊2日団体参拝旅行で金沢に行って来ました。ご参加の皆さん、午前3時前から目が覚めてしまったという気合いの入った方々ばかり。新幹線に乗り2時間半で到着した金沢は、前日まで雷が鳴りみぞれが降っていたというのが嘘のような快晴でした。
早速、忍者寺として有名な妙立寺へ。ここは前田利家が建立した祈願所を利常の時代に移築した日蓮宗のお寺で、29もの階段や落とし穴などがある複雑な作りの出城仕様のお寺です。他の観光客と一緒に見学の後、本納寺の団体だけでご開帳をして頂きました。
続いて日本三名園のひとつ、兼六園へ。青空に、紅葉の赤や黄色、雪吊りの松が映えて、それは見事でした。レンタル着物でおめかししたお嬢さんたちも、そこここで散策していて華やかでした。それから卯辰山にそびえる妙善寺の大きな日蓮聖人銅像をお参りして、先代の生家である全性寺に立ち寄りました。通りから入った路地のひなびた風情、門に下がるたくさんの草鞋、境内の紅葉・・・。本堂で愛染明王、摩耶夫人の像も見せて頂き、一同大喜びでした。そのあと近くのひがし茶屋街を散歩して、宿に向かいました。夕日の沈む千里浜ドライブウェイの波打ち際をバスで走るという楽しい体験もしました。
「和倉温泉は美肌の湯」と聞き、夕食前、寝る前、そして朝食前の合わせて三回しっかり入りました。(Y) 「つづく」

In Biwako

2016年11月1日

琵琶湖団体参拝旅行

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 この度の団体参拝旅行では、滋賀エリアを訪ねました。まずは豊臣秀次を弔った瑞龍寺を参拝。ロープウェイで琵琶湖を見下ろしながら気分良く山をあがったところ、お寺はその先の急な石段の上にあると聞き、一同気合いを入れて登りました。ここは日蓮宗唯一の門跡寺院だそうで、特別な作りの参拝の間等が拝見できました。
 続いて見塔寺へ。彦根港から一日一便しか出ていない船で渡る無人島、多景島にあるお寺です。ここもまた、船着き場から急な石段を登った先に釈迦堂があり、頑張ってお参りしました。船の滞在時間が30分しかないので、お開帳後は大急ぎで、島の端にある「南無妙法蓮華経」を彫りつけた大きな岩を見に行き、島を後にしました。
 最高齢が94才、足の悪い方も多い我々の団体ですが、夜も元気に食事の後のカラオケを楽しみ、温泉に入って一日目終了。
 天気予報で「暴風雨」と表示されていた二日目ですが、きれいな朝焼けを見ながらの朝風呂からスタートできました。比叡山にある横川の定光院へ。ここは、若き日の日蓮聖人が勉学に励まれた所で、21才から12年間、「論湿寒貧(法論の日々、多湿な気候、厳しい寒さ、ひもじい思い)」の中で日蓮聖人が御修行なさったところです。大きな日蓮聖人像も建っていました。
 その後、延暦寺世界遺産の根本中堂を参拝したときには「おとめちゃんたちはどこからおいでなさった?」とお坊さんが話しかけてきて下さり、説明を聞くことができました。精進料理の昼食も美味しく頂いて比叡山を下りました。広大な敷地の一部しかお参りできなかったので、またの機会にゆっくり行ってみたい所です。
 最後に米原駅近くの龍王寺(団参に数回ご参加の福山上人の御自坊…福山上人は今回の旅ルートも組み立てて下さいました)をお参りして、帰路につきました。心配していた雨にもほとんど降られず、雨用ブーツを履いて参加した私は拍子抜けでしたが、これも、皆さんの心掛けの賜物だと思います。とにかく事故もなく無事に東京駅に着いたときにはホっとしました。(陽子記)

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石巻/松島 団体参拝旅行2

2016年3月22日

—震災を風化させてはならない—

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翌朝は、語り部さんのお話を聞きながら被災した現地を回るバスツアーからスタートです。ホテルからほんの少し走っただけで、広い草むらと茶色い盛り土しかないところに出ました。かつて町があったとはとても思えません。ちょっとした高台にある中学校の体育館の前で、ここを襲った津波の話を聞きました。初めの気象庁発表のアナウンスは「津波の高さは6メートル」でした。お年寄りたちは「それならチリ地震の時と変わらないから津波を見に行こう」と、避難していた体育館の2階から下りて、海がよく見える外へ出たそうです。そこへ予想以上の高さの津波が来て、結局体育館の1階の天井まで浸水したとのこと。私たちがいるこの駐車場は水没したわけで、身震いがしました。すぐ横の小山に避難していた方が撮った写真には、水面に浮かぶ体育館の2階部分だけがぽっかり写っているそうです。他にも、福祉施設の隣にある坂の上の高校の生徒が、お年寄りをおぶってロープで自分と結びつけ、坂を上り下りして30人近く避難させた話、病院ではエレベーターが止まったため、看護師さんたちが入院患者をシーツにくるんで安全な高さの所へ運んだが、数人は寒さで凍死してしまうという悲しいことになった話、最後まで避難を呼びかけて亡くなった防災対策本部の女性の話・・・。現場を見ながら聞くお話は、テレビのニュースや本で読むのとは違い、実感として胸に迫ってきます。語り部の方曰く「マニュアルはあくまでもマニュアル。経験やその場の判断で臨機応変の対応が必要」「その時その場のリーダーになる人いかんで生死が分かれる」。着の身着のまま逃げられたとしても東北の3月の寒さに耐えられたか。その時、自分は何ができるのか。他の人のことを思う余裕があるだろうか・・・。いろいろ考えさせられました。
このあとは松島の遊覧船、瑞巌寺(素敵だった参道の長い杉並木は残念ながら津波を被り消滅していました)、青葉城と、王道観光を楽しんで帰途につきました。 
震災から5年経ちましたが、まだ仮設住宅にお住まいの方もいます。きれいな景色の端々で多くの工事車両が行き交っています。バスで走った道も仮の道路でした。それでも今回お会いした石巻の皆さんは、元気いっぱいもてなしてくださいました。その笑顔が心に染みた旅でした。「森部陽子記」(終)

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石巻/松島 団体参拝旅行

2016年3月7日

—震災を風化させてはならない—

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被災地慰霊法要厳修
11月24日から25日と1泊2日で石巻団参に行って参りました。仙台駅からすぐの東北の本山、孝勝寺をお参りしてからバスで石巻へ向かいました。久円寺さんでお経をあげて頂いたあとは昼食。前日までお会式、お餅搗きとお忙しかったところへ大勢でお邪魔してしまいましたが、なんとお会式で振る舞ったというお汁粉、お雑煮、さらに寒天各種、お漬け物まで手作りの心づくしのお食事をご用意下さっていました。大奥様、奥様をはじめ、お手伝いの方々の笑顔いっぱい、楽しいお話いっぱいのおもてなしに一同感激でした。
午後は2ヶ所の被災地慰霊法要に参列です。本納寺住職は、毎年、同志のお上人と一緒に石巻の数カ所で慰霊法要を行っております。今回はお檀家の皆さんと共に…ということで団参の行き先が石巻になったわけです。
1ヶ所目の日和山公園へ向かう頃から雨が降り出し、一時は本降りに。どうなるかと思っていたら、法要が始まる直前にあがったのです。良かったねと言い合いながら、眼下の町に向かってお祈りいたしました。
見下ろす町にはまだまだ工事中の所もありました。海の手前の川にかかる大きな橋の上にいた人たちだけが助かったという話も聞きました。
次に行った大川小学校は、建物が震災当時のまま残され、津波の威力を感じました。遮るもののない河川敷に右側から強風が吹いてきます。準備の段階から法要に必要な道具が次々に飛ばされてしまうので、お上人たちは道具を手に持ちお灯明も消えてしまう中で法要を始めました。後方に用意されたパイプ椅子に座っている私たちも吹き付ける冷たい風に、だんだん右耳だけが痛くなってきました。その風が、ご祈祷が始まった途端ぴたっと止んだのです。不思議な気持ちで手を合わせました。
慰霊法要に必要な台や椅子など諸々を運びつつ帯同して下さったのは、本納寺のお檀家の武山さん、武山興業の社員の皆さんです。お陰さまで皆無事に参列することができました(武山興業は、震災当時、ご自身たちも甚大な被害を受けたにもかかわらず、壊滅した石巻の町に自衛隊が入れるように、3日間で川沿いの道を啓開した会社です)。
あと2ヶ所で慰霊法要がある住職たちとは一旦ここで別れ、私たちは武山興業の会社に少し寄らせて頂いたあと、南三陸のホテル観洋へ向かいました。このホテルは海に面しているため、部分的には被害に遭ったものの建物が壊れることがなかったので、在庫の食料をやりくりして多くの人を長期間受け入れたことで有名です。海が見わたせる露天風呂で温まったあとの食事の席には武山ご夫妻もおいで下さり、いろいろなお話が聞けて楽しいひとときとなりました。
「森部陽子記」(つづく)

 
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佐渡団体参拝旅行2

2015年3月15日

本納寺佐渡団体参拝旅行に参加して

p-5  根本寺参拝の次は、聖人の佐渡における最初のお弟子であり、食料等を供養し続けられた阿仏坊上人が開基の蓮華王山妙宣寺へお参りした。
 広い境内と五重塔が素晴らしいこのお寺は開創の地から本間氏の居城であったこの地に移転してきたそうである。お堂に上がり貫首様のご導師でお経を唱え、ご法話を頂いた。阿仏坊ご夫妻の聖人への帰依・給仕、殊に聖人が身延に入られた後、阿仏坊上人は九十歳近いにも関わらず身延に三度もご訪問されており、その信仰心の強さと身体の頑健さに我が身もあやかりたいと願った。
 昼食後、聖人が赦免されるまでの二年間を過ごされ、『観心本尊抄』と『大曼荼羅』を著された一谷の草庵跡に建つ妙法華山妙照寺へ。実際に草庵があった小高い丘の中腹にある祖師堂へ案内され、急な階段を手すりにつかまりながら登り、「鏡御影のお祖師様」の前で貫首様ご導師のもとお経を唱えた。ご法話で、「佐渡始顕のご本尊」はすべての諸尊に南無が付く「総帰命のご本尊」だということを教えて頂いた。 七百数十年の時を隔て、日蓮聖人がおられた場所に我が身を置き、暫し感慨にふけった。
 二日目の最後は史跡佐渡金山で歴史好きの私にとってうれしい見学先である。江戸時代初期から何と平成元年まで約四百年間にわたり金及び銀を産出し続けた日本最大の金山。整備された坑道や資料館を巡るのに小一時間の見学時間は、私には余りに短かった。
 三日目、初日のコースであった「たらい船」遊覧をし、次の見学先であるトキの森公園へ行く途中で、聖人が赦免されて鎌倉へと戻られる時の旅立ちの港「真浦の津」を通ることが出来たのはうれしかった。
 現在の私達は両津港より新潟へ渡るが、その両津の丘の上に巨大な日蓮聖人像が建てられており、初日の予定が日程変更で佐渡を離れる直前でのお参りとなった。本納寺住職ご導師でお経を唱えたのが佐渡団参の最後の行程となり、誠に幕引きにふさわしく、これも日蓮聖人のお導きと内心法悦に浸った。(終)「檀信徒 Y・T」

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佐渡団体参拝旅行

2015年3月4日

遅くなりましたが、団参レポートです。

 

本納寺佐渡団体参拝旅行に参加して

 

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 今年の本納寺団参は、長年お参りしたいと思っていた「佐渡」と知り、母から誘われた時、即座に参加を決めた。

 数日前からの懸念が現実のものとなり、台風十八号が関東を直撃した10月6日、上越新幹線は動いていたので新潟まで移動したが、乗船予定だったジェットホイルは運休。かろうじて出航した16時新潟港発のカーフェリーに乗り、4~5mの波の越佐海峡を越えた。

 日蓮聖人は寺泊で幾日も船待ちをされ、渡海の際は荒波にお題目を書かれて鎮められたという伝承がある。佐渡の聖人を偲ぶ今回の団参にはふさわしい幕開きと思った。

 翌日は台風一過のすばらしい快晴となり、まず佐渡での日蓮聖人第一の謫居(たっきょ)跡である塚原山根本寺へ向かった。塚原の三昧堂跡の戒壇塚を拝見し、その隣にある三昧堂でお経とご法話を頂戴した。「一遍でよいから心を込めてお題目を唱えましょう」というお言葉に、改めてお題目を大事にしなくてはと自らを戒めた。

 聖人がこの地におられたのは五ヶ月程とされるが、真冬の時期で風雪を凌ぐこともままならないお堂に住まわれ、食料も乏しい中を生き延びられたということは、まさに仏様のお加護なくしてはあり得ないことであろう。聖人が「法華経の行者」の自覚を持たれ、『開目抄』を著されたこの地に自分も立つことが出来て感激もひとしおであった。(つづく)「檀信徒 Y・T」

 

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鎌倉1日参拝

2014年11月9日

九老僧感得報恩法要 比企谷妙本寺

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昨年10月17日、当山のお会式に併せて宿願であった九老僧木像を開眼し、安置することができました。
九老僧とは日蓮聖人直弟子日朗聖人の高弟九人のことです。
このたび、鎌倉にある日朗聖人由縁の大本山比企谷妙本寺にて「日蓮聖人、日朗聖人、九老僧感得報恩法要」が厳修され、その法要では本納寺九老僧木像が御宝前に列座されました。
法要の前に妙本寺 早水日秀猊下にお話をいただきました。
「この度本納寺で九老僧が再々興されたというのは、日蓮大聖人が教主釈尊の出世の本懐※1である法華経(妙法蓮華経)を感得し、帰依され心身を投じていかれたと同じ様に、本納寺が檀信徒一丸となって、九老僧を感得するということです。この感得することが重要なのです。」

感得とは、真理や縁を感じ悟ること。また三宝諸尊やご先祖を通じて、望みがかなえられることをいいます。なかなか難しいことですが、時にしたがって、場所によって、心にしたがって、常にアンテナを張っておくことが大切なことです。

猊下は、御像一体一体に願文・花押の筆入れをしてくださいました。
また御宝前の横には、日蓮聖人が御入滅の際、日朗聖人に枕頭に掲げるように命じたという原寸大の「臨滅度時御本尊」(複製)※2を掲げて、細かくご説明くださり一同感激しました(めったなことでは出さないものなのだそうです)。
この日は、あいにく弱い雨が降っていましたが、昼食には湘南名物のしらす丼や鎌倉野菜を味わい、鶴岡八幡宮をお参りしたり、小町通りを歩いたりとミニ鎌倉散策を楽しみ、充実した一日となりました。

※1 永遠の過去から悟りを開いた仏が衆生救済のため、最高の教えである『法華経』をお示しになるためにこの世に誕生されたということ
※2 日蓮宗新聞社によって原寸大で復製された最初のもの。弘安3年(1280) に揮毫され、弟子日朗上人に授与された御本尊。御真筆妙本寺蔵

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