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IN Nepal 3

2017年10月18日

IN Nepal 3


(IN Nepal 2より続く)
 翌日は、カトマンズから車で1時間半くらいのトリブバン・アダーシャ小中学校に行き、サッカーゴールとボール・ユニホームを寄贈しました。
 全校生徒が校門から列をなして待ってくれていました。門に入る前に、歓迎の印のカタ(襟巻きみたいなもの)を首にかけてもらい、列の中を進んでいきます。子供たちが口々に「ナマステー、ナマステー」と迎えてくれるので、こちらも合掌しながら「ナマステー、ナマステー」とご挨拶しました。
 校庭での寄贈式では、まず、子供たちの発育と幸福を祈り、ご祈祷を厳修。その後「私たちはサッカーを契機にして、みなさんと出会えることができて幸せです。サッカーは、ボールひとつで、言葉が通じなくても、年が違っても、性別が違っても、人を結びつけることができます」とお話しし、ボールとユニホームを渡しました。
 早速、お互い着替えてサッカーの試合開始です。支給されたユニホームに身を包んだネパールチームが登場しました。我々日本チーム(保育士さんたちも出場)とネパールチームとの国別対決で「絶対に負けられない戦い」です。お互い握手を交わし、ギャラリーにも挨拶。このやりとりに彼らは照れながらも嬉しそうです。
 いよいよキックオフ。開始早々、ネパールチームにいきなり攻め込まれ、日本チームまさかの失点。サッカー部OBが3人いたので大丈夫だと油断していました。目を輝かせてボールを追いかける子どもたち。良いプレーをジェスチャーで褒めると得意顔です。心からサッカーを楽しんでいることが伝わってきてこちらも嬉しくなります。慌てて反撃を試みましたが、奮闘虚しく結果1-4で負けてしまいました。
なかなか上手な選手もいて、このようなでこぼこのピッチではなく、もっと良い環境であれば、かなり上達するだろうと思いました。
 「好きなサッカーで、子供たちを笑顔にしたい」という気持ちから始まったこのサッカー支援ですが、ミャンマーに続いてネパールでも想いを叶えることができて感激したひとときでした。
 次はパタンにあるバッサラ保育園を訪問しました。ここでもまた入り口でカタを掛けてもらい、子供たちの列の間を進み、「ナマステー」とご挨拶。ステージで踊りや歌を披露してくれました。保育園くらいの子供たちによるかわいい踊り、小学生くらいの子供たちは、お化粧をして、衣装をつけてのネパールの民族舞踊、中学生くらいの子供たちは日本の「四季の歌」を歌ってくれました。
 ここは尼僧さんが運営している施設で、地震があってからは、保育園のほか、小中高生(12年生)を引き受けているそうです。それほど大きくない施設に、現在500人の生徒がいるそうです。園長先生は「地震によって親をなくした子がいますが、卒園生が立派になって、国や経済の中心で働いているのが誇りです」とおっしゃっていました。
 お土産に持って来た日本のお菓子を保育士さんたちが子供たちに配って、大変喜ばれました。
 帰国後ネパールからメールが届きました。
「今回の釈迦族支援で、釈迦族のなかで、困窮して学校に通えない子どものうち、一名が通学することになりました。シュリーニシュ君は11歳。5年生でパタンに住む釈迦族の子どもで、今回の地震で住居に大きな被害を受けました。両親は経済困窮者で、彼を通学させることができませんでしたが、今回訪問して下さったバッサラ学校の校長にお願いして、4月18日から同校の新学期に入学することができました。大変優秀で、テストで75点とりました。深く感謝申し上げます。」
お役に立てて本当に良かったです。「達彦記」(つづく)


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