WBC以来
2015年7月24日
2015年7月24日
2015年7月1日
IN USA 4

飛行機の中から砂漠に囲まれたラスベガスの街を見たときは感激しました。今まで見たことのあるアメリカの都市とは全く違う佇まいで、こんな所によく街を作ったものだと思います。
ラスベガスに到着してすぐに観音寺をお参りしました。つつしんで御宝前に読誦、唱題をし、遠いこの地において一読できたことを心から嬉しく思いました。御住職(北米開教区長)と奥様が出迎えて下さり、色々なお話を伺うことができました。
開教師は日蓮宗に派遣されるという立場にあるので、ユタ・シアトル・ロサンゼルス・ラスベガスと各地を転任なさったとのこと。ユタ駐在時には、管轄が広く、アイダホ州やコロラド州などの信徒宅を泊まりがけで訪巡したとか、シアトルではお寺の資金作りのために、ばら寿司、お饅頭などを作ってバザーを開催したり、青森で習得した和讃(三宝諸尊に和語を用いてほめたたえる讃歌)を世界中に弘めるため、シアトルやロサンゼルス、殊にはイタリアまで手ほどきに行ったなどなど。御住職は「ラスベガスはギャンブルだけの街ではありません。毎月のようにコンベンションが開催されています。そのほかショッピングやショー、国立公園に行くためなどで世界中からたくさんの人が訪れます。その各国から来られた旅行者たちがネバダ観音寺に立ち寄り、お題目と結縁してもらい、幸せな人生を送れるよう願っています。」と仰っていました。
夜になると、目が痛くなるほどのイルミネーションが光る街で、ショーを見て、ちょっとだけ、カジノでスロットマシンやルーレットを体験しました。翌日は、6時間車に揺られグランドキャニオンへ。素晴らしい景色に感動。再びアメリカの大自然に圧倒されました。
布教活動だけで、寺院・教会を維持できている開教師、国際布教師の方々は、ほとんどいません。日本語教師や、リムジンの運転手をしながら、一所懸命に活動しています。「もっと北米に仏教が、法華経が弘まって、握手ではなく、合掌が当たり前になるよう頑張りたい」という言葉が印象的でした。法華経・お題目はその教えが普遍的な教えである限り、文化や言語が違っても、日常に密着した役割があるはずです。そして今回お手伝いさせていただいた「唱題行」が日本とアメリカを結ぶ、架け橋になってくれることを願ってやみません。 (終)「達彦記」
2015年6月11日
IN USA 3

昨年、2014年に日蓮宗北米開教100年を迎え、盛大な式典が開催されましたが、それを機に大きな変革がありました。100年を経過し、もう開教ではないということなのでしょうか、今期をもって宗門の開教区が廃止され開教師の肩書きがすべて国際布教師になることになったのです。
今までの開教区長が日本人だったのに対し、今後の国際布教師のリーダーはアメリカ人の教師になるそうです。
数年前、私はハワイの寺院で行われた、ハワイ開教100年の法要に参列しました。その時の信徒のほとんどは移民の日系人2世、3世でした。言葉は英語がほとんどでしたが、祖父祖母・父母からによっての日本仏教や日本文化に対する日本人の常識が、まだあったように思います。いわば移民の人々の信仰でした。当時ハワイの開教師が、「現在3世、4世の時代に入り、これからますます厳しい状況であります。本当の意味でこれからが開教の時です」と仰っていたのを思い出します。
今まさに北米において、外国人の教師による外国人への布教の時代が始まろうしているのだと実感しました。使用言語が英語だけになるという現実をプラスにとらえたいものです。
次の地に移動するための空き日にサンフランシスコやヨセミテ国定公園などを観光しました。ゴールデンゲートブリッジを間近に眺め、ヨセミテではアメリカの大自然に包まれて、シーフードやハンバーガーを堪能しました。
次の目的地は、ネバダ州ラスベガスにある観音寺です。「つづく」
2015年5月19日
IN USA 2

研修の会場であるNBICは、ご本堂はもちろんのこと、その他に講義室・食堂・寺務所などを完備した素晴らしい施設でした。
「唱題行のあり方と実践」をテーマに、いよいよ2日間にわたる研修開始です。
まず、北米開教区長の御導師による法味言上(三宝に感謝し御経を唱え、お供えすること)がありましたが、いつもと違うところは声明とお経が英語だったこと。特に声明に関しては、英語の節に所作をあわせるというアメリカならではの法要でした。現在アメリカの経本には英語版と、日本語発音をローマ字表記したものと二通りあるそうです。
今回の研修は、全米から開教師・国際布教師(現地生まれ・現地育ちの教師)が集結した大きなもので、日本人、アメリカ人、日本語のわかる人、わからない人、様々でした。
講義では、講師の説明が通訳を介して伝えられるため時間がかかり、講師も「どこまで話したっけ?」と少々やりにくそうでしたが、唱題行の精神・呼吸法などの内容の濃い講義にみんな真剣に聞き入りました。
昼食時にNBIC前の道路を挟んだ向こう側のレストランに行ったのですが、衣帯をつけた僧侶がアメリカの町を団体で歩くという光景は、珍しいものだったことでしょう。
唱題行の実践では、開教師、国際布教師の方々が導師、太鼓を順につとめました。唱題行の経本も英語版とローマ字版が用意されており、導師を務める教師によって選択され、進められていきました。講師から様々なアドバイスもあり、今後の各ご自坊での唱題行布教に為になる有意義な時間となったようです。
引き続き研修のあとは現地の信徒をお迎えしての唱題行が厳修されました。10人がお参りにみえ、精神統一して、お題目を唱える、よい御修行になったことと思います。正座は難しいらしく全て椅子席でした(最近は日本でも椅子席が多くなってきていますが)。
また研修の合間に法要が行われました。御導師は、日本語がほとんどわからないアメリカの国際布教師で、参列している信者さん達もすべてアメリカの方でした。
キリスト教では信仰の証として、教会でクリスチャンネームが授与されます。その慣習を受け、アメリカでは仏教徒の証としてのダルマネームを授けているそうです。その日は授与式が行われていました。ネームは法華経から選び出された漢字2文字でした。
「つづく」
2015年5月9日
2015年5月1日
In USA
先日、アメリカ合衆国ヘイワードにあるNBIC(Nichiren Buddist International Center)で、北米開教区教師研修会が開催され、研修会の講師お手伝いとして、私も同行して参りました。
10時間のフライトで、サンフランシスコに到着。ヘイワードはそこから車で1時間の町です。ホテルに荷物を置いて早々案内されたのは、ステーキ屋でした。450グラム以上のT-bornステーキに、大量のポテト、サラダなどが出てきて、あまりのボリュームに圧倒されました。テーブルの上のバケツには殻付きのピーナッツが入っており、殻をむいて、そのまま床に投げ捨てながら食べるようで、当然床はピーナッツの殻だらけ。早々に絵に描いたようなアメリカを体験しました。
食事をしながらの話題は、アメリカにおける仏教の状況についてです。現地教師はこう仰っていました。「アメリカは平和を唱えていますが、ご存じのとおり軍国主義で、戦争反対とはいえない国です。そんな中、湾岸戦争以降キリスト教から離れていく人々が増えました。例を挙げると、カトリック系の学校の減少です」。
そもそも政教は分離しているべきものだし、単純にアメリカにおける宗教離れも原因と思われますが、争いごとが多い時代、キリスト教が救いを求められていない結果ではないかと想像されます。現に研修参加者の中には、湾岸戦争からの帰還後、改宗し出家した教師がいらっしゃいました。
今こそ、争いごとを嫌い、寛容で穏やかな仏教の「頑張りどころ」なのではないでしょうか?「つづく」
2015年4月6日
「For Kids 12」
子供たちに仏さまやご先祖さまに親しみを持ってもらえたら、、、
お孫さん・お子さんなどとのコミュニケーションのきっかけになれば、、、
ということで始まった For Kids。
好評第12弾。
ご感想をお待ちしております。myo-eizan@honoji.or.jp
2015年3月15日
本納寺佐渡団体参拝旅行に参加して
根本寺参拝の次は、聖人の佐渡における最初のお弟子であり、食料等を供養し続けられた阿仏坊上人が開基の蓮華王山妙宣寺へお参りした。
広い境内と五重塔が素晴らしいこのお寺は開創の地から本間氏の居城であったこの地に移転してきたそうである。お堂に上がり貫首様のご導師でお経を唱え、ご法話を頂いた。阿仏坊ご夫妻の聖人への帰依・給仕、殊に聖人が身延に入られた後、阿仏坊上人は九十歳近いにも関わらず身延に三度もご訪問されており、その信仰心の強さと身体の頑健さに我が身もあやかりたいと願った。
昼食後、聖人が赦免されるまでの二年間を過ごされ、『観心本尊抄』と『大曼荼羅』を著された一谷の草庵跡に建つ妙法華山妙照寺へ。実際に草庵があった小高い丘の中腹にある祖師堂へ案内され、急な階段を手すりにつかまりながら登り、「鏡御影のお祖師様」の前で貫首様ご導師のもとお経を唱えた。ご法話で、「佐渡始顕のご本尊」はすべての諸尊に南無が付く「総帰命のご本尊」だということを教えて頂いた。 七百数十年の時を隔て、日蓮聖人がおられた場所に我が身を置き、暫し感慨にふけった。
二日目の最後は史跡佐渡金山で歴史好きの私にとってうれしい見学先である。江戸時代初期から何と平成元年まで約四百年間にわたり金及び銀を産出し続けた日本最大の金山。整備された坑道や資料館を巡るのに小一時間の見学時間は、私には余りに短かった。
三日目、初日のコースであった「たらい船」遊覧をし、次の見学先であるトキの森公園へ行く途中で、聖人が赦免されて鎌倉へと戻られる時の旅立ちの港「真浦の津」を通ることが出来たのはうれしかった。
現在の私達は両津港より新潟へ渡るが、その両津の丘の上に巨大な日蓮聖人像が建てられており、初日の予定が日程変更で佐渡を離れる直前でのお参りとなった。本納寺住職ご導師でお経を唱えたのが佐渡団参の最後の行程となり、誠に幕引きにふさわしく、これも日蓮聖人のお導きと内心法悦に浸った。(終)「檀信徒 Y・T」
2015年3月4日
遅くなりましたが、団参レポートです。
本納寺佐渡団体参拝旅行に参加して
今年の本納寺団参は、長年お参りしたいと思っていた「佐渡」と知り、母から誘われた時、即座に参加を決めた。
数日前からの懸念が現実のものとなり、台風十八号が関東を直撃した10月6日、上越新幹線は動いていたので新潟まで移動したが、乗船予定だったジェットホイルは運休。かろうじて出航した16時新潟港発のカーフェリーに乗り、4~5mの波の越佐海峡を越えた。
日蓮聖人は寺泊で幾日も船待ちをされ、渡海の際は荒波にお題目を書かれて鎮められたという伝承がある。佐渡の聖人を偲ぶ今回の団参にはふさわしい幕開きと思った。
翌日は台風一過のすばらしい快晴となり、まず佐渡での日蓮聖人第一の謫居(たっきょ)跡である塚原山根本寺へ向かった。塚原の三昧堂跡の戒壇塚を拝見し、その隣にある三昧堂でお経とご法話を頂戴した。「一遍でよいから心を込めてお題目を唱えましょう」というお言葉に、改めてお題目を大事にしなくてはと自らを戒めた。
聖人がこの地におられたのは五ヶ月程とされるが、真冬の時期で風雪を凌ぐこともままならないお堂に住まわれ、食料も乏しい中を生き延びられたということは、まさに仏様のお加護なくしてはあり得ないことであろう。聖人が「法華経の行者」の自覚を持たれ、『開目抄』を著されたこの地に自分も立つことが出来て感激もひとしおであった。(つづく)「檀信徒 Y・T」
2015年2月10日
26年おもちつき
昨年末のもちつき大会は日曜日だったこともあり、男性の姿が多く見られました。「息子達は都合が悪いので私だけ来ました」というお父さんや、息子さんが途中で冬季講習のため帰ってしまってもご自身だけ残って搗き手として最後まで頑張って下さった方も。
「ボランティア活動の宿題があるんです」と、いっぱいお手伝いしてくださった女子中学生など、およそ200名の方々が参加してくださり、大変賑わいました。前回ご紹介した明大ラグビー部の三橋功太郎選手も、お参りの帰りに飛び入り参加、軽々と搗いていってくれました。
今年も信行会や写経会のコアメンバーがお手伝いしてくださり、円滑に安全に開催することができました。ありがとうございました。
当日集まった募金35,926円は、広島市災害義援金にいたしました。
2015年2月1日
ご本堂で寺ヨガ開催
平成26年12月14日(日曜日)にご本堂で寺ヨガが開催されました。
女性18名(子供2名)男性4名(子供1名)が参加し、日常から解放されて身も心もリラックスいただけたようで、大変ご好評をいただきました。 静寂な空間でヨガを行うことで深く、ゆっくりとした呼吸を取り戻すことはもちろん、ヨガスタジオでやるよりも、集中力が高まり、気が充実してくる効果があります。また、広々とした風通しのよいご本堂でヨガを行うことでとても気持ちが良く、心と身体を忙しさから解放することができたようです。(インストラクター 石川愛美)
参加者の声
・普段意識をしない呼吸に意識を向ける事で心が落ち着き、短時間で体がぽかぽかになりました。
・綺麗なお寺で五感で感じながら行うヨガは時間がゆっくりで静かで気持ちがよかったです。心が洗われました。
・ロウソクの優しい光の中、お香の良い香りのお寺という環境で家族と一緒にヨガできた嬉しさ。素敵な時間が過ごせました。
・身体はもちろんのこと、なにより気持ちが軽くなりました。住職さんのお話も聞けて非日常を味わえました。また機会がありましたら是非参加させてください。
2015年1月13日
年末のお参りー益城ルネサンス熊本フットボールクラブのみなさま
年の暮れ、益城ルネサンス熊本フットボールクラブ(女子サッカー)で活躍中の檀信徒、島田佳由子さんが、チームメイトと一緒にお参りにいらっしゃいました。 一年前に亡くなったお母様は、佳由子さんの試合を応援するのが生きがいで、いつも熊本まで駆けつけていたそうです。
チームは今季素晴らしい成績を納め、プレナスチャレンジリーグ(なでしこ2部)に昇格しています。 チームの皆さんもお母様にはお世話になったとのことで「いつも応援してくれていたので、昇格の報告ができて嬉しいです」と話してくれました。
皆さんの活躍が何よりのご供養に、恩返しになることと思います。これからも頑張って下さい!
2015年1月1日
あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします
お会式ー清興 落語 三遊亭萬橘師
今年も小学生からお年寄りまで本堂満席の五十名以上がおみえになり、どこの寄席より間近に落語を楽しみ、笑いっぱなしのひとときでした。
「観衆を見て演目を決めると聞き、とてもわくわくしていました。当日留学生が十人ほど来ていて、突然質問したりして、普通の落語会では見られない雰囲気でした。萬橘師匠にとっては予想していない展開だったと思います。そして、落語の中で出てくる声色や仕草の解説、例えば、うどんと蕎麦の食べ方の違い、刀の長さの表現の実演など、英語を交えたお語は私達にとってとても新鮮な体験となりました。その場での臨機応変な対応を見て、やはり落語家はすごいなと思いました。」(中三女子)
2014年12月6日
2014年11月9日
九老僧感得報恩法要 比企谷妙本寺
昨年10月17日、当山のお会式に併せて宿願であった九老僧木像を開眼し、安置することができました。
九老僧とは日蓮聖人直弟子日朗聖人の高弟九人のことです。
このたび、鎌倉にある日朗聖人由縁の大本山比企谷妙本寺にて「日蓮聖人、日朗聖人、九老僧感得報恩法要」が厳修され、その法要では本納寺九老僧木像が御宝前に列座されました。
法要の前に妙本寺 早水日秀猊下にお話をいただきました。
「この度本納寺で九老僧が再々興されたというのは、日蓮大聖人が教主釈尊の出世の本懐※1である法華経(妙法蓮華経)を感得し、帰依され心身を投じていかれたと同じ様に、本納寺が檀信徒一丸となって、九老僧を感得するということです。この感得することが重要なのです。」
感得とは、真理や縁を感じ悟ること。また三宝諸尊やご先祖を通じて、望みがかなえられることをいいます。なかなか難しいことですが、時にしたがって、場所によって、心にしたがって、常にアンテナを張っておくことが大切なことです。
猊下は、御像一体一体に願文・花押の筆入れをしてくださいました。
また御宝前の横には、日蓮聖人が御入滅の際、日朗聖人に枕頭に掲げるように命じたという原寸大の「臨滅度時御本尊」(複製)※2を掲げて、細かくご説明くださり一同感激しました(めったなことでは出さないものなのだそうです)。
この日は、あいにく弱い雨が降っていましたが、昼食には湘南名物のしらす丼や鎌倉野菜を味わい、鶴岡八幡宮をお参りしたり、小町通りを歩いたりとミニ鎌倉散策を楽しみ、充実した一日となりました。
※1 永遠の過去から悟りを開いた仏が衆生救済のため、最高の教えである『法華経』をお示しになるためにこの世に誕生されたということ
※2 日蓮宗新聞社によって原寸大で復製された最初のもの。弘安3年(1280) に揮毫され、弟子日朗上人に授与された御本尊。御真筆妙本寺蔵